追憶売ります

「追憶いりませんか」そんな売り声とともに、ドクダミの花売りが行き交うのもこの季節。花言葉は「白い追憶」、花束を買ってふと嗅ぐと、独特の香りの奥にずっと思い出せなかった記憶の泡が浮かび上がってくる。誰だったかな、あの人。
#マイクロノベ

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少し値段が張るが、花売りは八重のドクダミも売ってくれる。こちらを嗅げば、奥底の記憶の泡は次々と浮かび上がり、一度浮かんだ泡が再び沈むことはない。ときに無用な情景を続けて思い浮かべることがあるので、八重の花はおすすめしない。
#マイクロノベ

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ドクダミの蕾を嗅げば、ときに未来の記憶の泡が舞い降りてくるという花売りもいる。その言葉を信じるかどうかは、自分次第。いっしょにドクダミ茶を飲むといいと、売りつけられることがあるかも知れないけれど。
#マイクロノベ

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八重のドクダミにまれに花と葉が入り交じった花が咲くことがある。この香りを決して嗅いではいけない。嗅げば追憶と現実が入り交じり、ときに過去をやり直せるなどと花売りはいうが、それを信じてはいけない。そのとき追憶は美化されているのだ。ドクダミの香りは変わらないのだから。
#マイクロノベ

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