オムライス釣りに

(旧HPにあったコンテンツ、ぼちぼちこちらに持って来る予定です。まずは、昔書いたおはなし)

 オムライス釣りに   藤田雅矢


 下の子のカズキが、晩ごはんにどうしてもオムライスが食べたいというので、釣りに行くことにした。
どこか食べに行ってもよかったのだが、このところ、レストランで食べるオムライスというのは、子どもの頃食べたオムライスに比べて、どうもまずくなったように感じられて仕方がない。
大人になると、麦酒が美味しく感じられるように、子どもの頃とは味覚が変わるのだという人もいるが、そんな問題じゃないと思っている。これは、養殖もののオムライスが出回っているせいに違いない。
 近頃の外食産業はおろか、スーパーマーケットの冷凍食品売場へ行っても、養殖もののオムライスを冷凍させたものが、堂々と売られているではないか。
 あの味は、いかん。
 生け簀の中で、大量に飼われているオムライスだ。卵をはじめ、米やら、タマネギやら、鶏肉やらをじゃかすか与えられ、生ぬるく育ったやつだ。餌には、化学調味料も混ぜてあるという。
 養殖のオムライスたちは、餌を生け簀に投げ込むと、わらわらと群がってくる。最後には、色揚げに黄色い色素を食わせて皮の卵の色を見栄えよくしているというから、どうしようもない。
やはり、オムライスは天然ものに限る。
昔は、近くの川でも、けっこうオムライスが釣れたものだ。
 いまだって、少し場所を選べば、天然もののオムライスを釣ることができる。そんな昔のオムライスの味が忘れられない、という連中は多い。そんな連中が集まって、オムライス倶楽部という釣り仲間ができた。
 そのオムライス倶楽部の連中が、よく釣りに行くポイントがある。いつ行っても、誰かが釣り糸を垂れている。今日は、カズキを連れて、そのポイントでオムライスを釣って帰ろうというのだ。
 とりあえず、家族四人分、それなりの大きさのオムライスが四匹釣れたら、よしとしよう。
「行くぞ、カズキ」
車に、ポリバケツに釣り竿、そして餌用に鶏肉などを積み込む。やっぱり、オムライスの中味は、チキンライスなのがいい。
ケチャップを、忘れるな!」
「おぅ!」と、カズキは冷蔵庫から、ケチャップのチューブを持ち出してきた。
オムライスは、だいたい流れの緩やかな川に生息する。
 稚魚の頃は、海にいるらしいが、鮭などと同じで大きくなると生まれた川に帰ってくる。最近では、「××川に、昔の味のオムライスを!」などという看板まで見かけるようになった。昔の味を懐かしむ人は多いのだ。
釣り場には、先着のオムライス倶楽部仲間がいた。食いしん坊のイリエさんと、このところ御無沙汰だったサトウラさんの二人である。
「釣れますか?」とイリエさんに訊くと、
「おやおや、今日はカズキくんもいっしょに」
「晩ごはんに、オムライスが食べたいと言うもんでね」
「そりゃあいい。子どもの頃から、本物の味を覚えておくのはいい。おまけに、今日はとてもよく釣れる」
 そう言って、イリエさんはオムライスでいっぱいになったポリバケツを見せてくれた。朝から来て二十匹近く釣り上げたみたいだ。大きなオムライスがぴちぴちと黄色く美味しそうに飛び跳ねている。
「あ……」
 勢い余って、一匹のオムライスがバケツから飛び出して岩の角にぶつかってしまった。中から、チキンライスがこぼれる。
「もったいない」
「仕方ない、焼いて食うとしますか」
 イリエさんは、準備してきたカセットコンロとフライパンを取りだした。フライパンに少し油を垂らし、少し破れた生のオムライスを捕まえると、逃げ出さないように蓋をしてコンロにかける。
さて、そんなイリエさんを横目に、こちらもカズキと釣り竿を垂らすことにする。
 まず、ケチャップである。
どうするかというと、ケチャップを川面に流して、その匂いに寄ってきたところへ釣り糸を垂らすのだ。使うケチャップは、カゴメがいいとか、デルモンテがいいとか、オムライス倶楽部の仲間うちでも意見が分かれていて、なかなかどちらも自説を曲げようとはしない。もう、そうなると個人の味覚の問題である。
 撒き餌に、米やタマネギなどを使う手もある。ケチャップを使った場合もそうだが、タマネギの場合も、オムレツが寄ってくる可能性がある。大きさや脹れ具合でだいたい見ればわかるが、小さなオムライスとオムレツでは、見分けがつきにくい場合もある。まあ、どちらも食べてしまえばよい。
 ときには、マッシュルームで釣るというのもいい。餌を変えれば、好みのオムライスが釣れる。
やはり、基本的なオムライスは、鶏肉とタマネギ、マッシュルームとグリンピースがちょっと入っているケチャップ味である。
 もっとも、オムライス倶楽部の釣り仲間には、変わった奴もいる。中のごはんがカレー味がいいというのだ。そんな話になると、それは邪道だと、時にオムライス談義に花が咲き、尽きることがない。
 カレー味のオムライスなんているもんかと、賭けをしたところ、そいつはいろいろと工夫を重ねた上、とうとうタンドリーチキンを餌にみごとカレーチャーハンの入ったオムライスを釣り上げてしまった。
カレーオムライス……世の中には、不思議な生き物もいるもんだ。勝敗は、こちらの完敗に終わった。
さて、ケチャップをたらしてしばらくすると、川面にときどき黄色いものがちらちら見えるのがわかる。やがて、ひらひらと黄色いものが水面に浮き上がってくる。
 オムライスである。
「あ、きたきた。ぼくも、やりたい」
 カズキに釣り竿を替わる。子どもがやっても、かかるのはけっこうかかるものだ。
「ほら、釣れた!」
 カズキが、竿をゆっくりと上げると、大人の掌ほどのオムライスが、体をくねらせて上がってくる。
「いいぞ、カズキ。その調子」
ただし、針をとるときに、うまくやらないと、さっきのイリエさんのオムライスのように皮が破れてしまう。
中には、まだ玉子が半熟みたいな奴(これもうまいのだが)もいて、なかなか扱いが難しい。
 手の中であばれるオムライスの首根っこをうまく押さえ、玉子が破れないように丁寧に針をはずす。
これが難しいのだ。
 破れてしまうと、商品価値(もっとも、自分で食べてしまうと関係ないが)が半減してしまう。ということで、オムライスを捕まえるのに、網は禁物である。そんなことをすると、皮がぼろぼろになって、そぼろ玉子入りチャーハンになってしまう。
 さて、釣り上げたオムライスは、ポリバケツに入れる。オムライスは、ポリバケツの中を狭そうに泳いでいる。
 イリエさんが、さっきのフライパンで焼き上がったオムライスを皿に移す。風向きのせいか、いい匂いが漂ってくる。
「カズキくん、どうや食べへんか」
 子どもは、すぐに食べ物の方へと行ってしまう。
 仕方がないので、また鶏肉を針につけて垂らす。今度は、さっきより小さい。こんな小さいのは、冷凍して冷凍室に入れておくか、家で飼うのでなければ放してやる。雑魚のオムレツがかかるときもある。
次は、さっきと同じくらいのがかかった。
 またもう一匹。
今日は、本当によく釣れる。次々とかかる。カズキがイリエさんとオムライスを食べている間に、三匹も釣れた。これで、カズキが釣った分とあわせて目標の四匹にはなったが、少し小さい。
 もう一匹と、今度は少し餌の鶏肉を大きめにして、また釣り糸を垂らした。イリエさんも、自分のオムライスはクーラーに詰めて、カズキといっしょに見にくる。
 と──これは、大きい。
 手応えが違った。
ゆっくりと引き上げていく。ここで糸を切られては、元も子もない。
「でかいぞ」
「わあ」
 川面に、大きなオムライスが姿を見せた。四十センチくらいはあるだろうか。
「こりゃ、すごいや」
「イリエさん、ちょっと手伝ってもらえますか。そこのバケツ」
 イリエさんがバケツを持って、上がってくるオムライスをナイスキャッチ。
「うわぁ」
 あらためて声が漏れた。その声に、サトウラさんまで集まってきた。
「これは、本当にでかい。魚拓にしませんか。ちょうど紙も持ってきてるし」
「それは、ぜひ」
 計ってみると、長さ四十二センチ。重さは、二キロ近い。まだ、元気が余っていると見えてあばれるので、気をつけないと玉子が破れてしまう。
 なんとか、ケチャップを塗りつけて、無事魚拓のできあがり。オムライスの場合、墨ではなく、やはりケチャップでとるのがよい。
「もう帰ろうか」
 予定外の五匹目の大物に、もう晩ごはんは十二分にある。四十二センチもあるようなオムライスを、どうやって調理しようかというところである。
 だいたいフライパンに入りきらないだろうし、入ったところでなかなか焼けない。しかし、生焼けはよくない。オムライスやオムレツを生で食べると寄生虫がいるというし、さばいて玉子とチキンライスに分けて調理するしかないのか。
「すごいや。こんなに大きなオムライス、ぼく初めて見た」カズキはご機嫌である。
「本当だ」
「こんなに大きいのは、水族館にしかいないのかと思った」
「水族館か」
「ねえ、あしたの日曜日、水族館行かない?お姉ちゃんも行きたがってたよ」
 そうなのだ。最近オープンした水族館の大水槽には、大きなオムライスが群になって飼われているという。
 しかも、何匹かは芸をするオムライスショーがあるという。
 ──芸するオムライスか。
「よっしゃ。明日はオムライス見に行こう。今晩はオムライス食べて元気だそう」
「はーい」
 バケツの中で、オムライスが飛び跳ねた。


零125('96.12)
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